読んでいて疲れる発信を好き勝手に検証してみました。

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アールの上野理恵です。

 

時々、SNSやブログの発信に関して、

「あの人の発信、見ていて疲れる・・・」

というお話を聞くことがあります。

 

 

もちろん、見に行かなければそれで終了なのですが、

なぜ、見ていて疲れるのか?

 

数人のお話を元に、それぞれが疲れる相手のブログやSNSを検証してみました。

暇人か。笑

いや、立派な趣味です(えっへん)

 

 

この場合、ハナからネガティヴ、攻撃的なのは除外で。

※あくまでも私個人の感覚です。

 

好き!を強調して発信するのはいいけど・・・

 

割とね、みなさんポジティブに受け取れるようなこと書いてるんですよ。

私はポジティブには受け取れませんでしたが。笑

勢いがある、とか決断力があるように見える、とか。

 

起業家さんとかも多いのかな。

もちろん私みたいにプライベート丸出しの方は、

それこそ、そんなにいらっしゃいませんが。

 

その中で気になったのが、

誰に向けて書いているのか謎なんですが、ことあるごとに、

 

「私は好きな人としか仕事しません!」

 

とか、

 

「好きな人以外は仲良くしません!」

 

とか。

 

 

いやね、良いんですよ。

私も基本的にはそのスタンスだし。

 

ただ、この方がどういう意図で書いてるのか?

何かを狙って発信しているなら別に構わないと思うのですが、

そうじゃない場合、このような発信を頻繁にする人って、

 

「今、私ムカつく奴に囲まれてるんです」(ドヤァァァ)

(もしくは周りに煙たがられてるんです・・・どう?笑)

 

って公言してるようなものだと思うのですが、いかがでしょう?笑

 

 

自分の快、不快を大事にして、

お付き合いする人を選ぶのはとても大事。

ならば、どうして見る人がなんとなく不快になるのか?

 

 

それはポジティブ風に隠したネガティブエネルギーが、

文面にバッチリ乗っかっているからです。

 

誰に向けて書いているの?

 

人ってやっぱり敏感なんですよ。

発信している人が、

「私は好きな人としか仕事しません!」

とか、

「好きな人以外は仲良くしません!」

ってセリフを、

「誰に」

向けて書いているのか?

 

 

無意識に(意識的にかも)心の中に浮かんでいる、

嫌いな人に向けて書いているから、

読む人はその攻撃性を感じ取るんですね。

 

人によってはもしかして暗に自分のこと書かれてるのかな?

とモヤモヤしてしまうかもしれませんね。

 

 

内容を勝手に訳してみる

 

というわけで、勝手に心の声を訳してみました。笑

はいっ、

 

「好きな人としか仕事しません!」


訳→そこのお前、嫌いだから一緒に仕事してやんねーよ!

 

 

いや、まあ、こっちも多分嫌い。笑

誰を囲い込みたいのでしょうか。

 

 

「好きな人以外は仲良くしません!」

訳→そこのお前、嫌いだから近寄るなよ!

 

 

書くのはいいけど何回も書かんでええやん。笑

 

要するに

私と仲良くしたかったら機嫌取りなさいよ!

 

 

とも解釈できますね。

 

 

自分の気持ちが誰に対するものかわかって書いてるなら、

是非ご本人に言って差し上げましょう。

 

・・・無理か。笑

 

それは人のためではなく〇〇のため

 

次行ってみましょう。

やたらと「人のために」と書いてる方。

あと、聞いてもいないのにアドバイスする人。

 

なんか良いこと言ってる風なので、

一部の人にはウケているみたいですが、

高確率で周りに煙たがられてました。笑

 

そんな人に限って相手からしたら的外れなこと多いですね。

 

もちろん、そんな人ばかりではないです。

本当に人の為に尽力されてる方もたくさんいらっしゃる。

 

まあ、そんな人はわざわざ人の為に、とか書いていないし、

聞かれてもいないのにクソバイスアドバイスしないし。

 

 

この、〇〇〇の為にと発信している人は、

自分の意見が取り上げられなかったり、反応がなかったりすると、

 

icon-check-square-o 機嫌が悪くなる

icon-check-square-o 望んだ反応があるまでしつこく発信

 

要するに何が人に不快感を与えているのかというと

 

自分が正しい

 

が基本軸になっているからだと思います。

 

人は誰だって自分が正しいと思う心を持っています。

でも、自分以外は間違ってる、くらいの価値観の人は

自分以外に対して否定的な空気をまとっているので、

言葉にもそりゃ乗りますよね。

 

例え言葉遣いが丁寧で、相手を上げてるような発信でも。

盛大に漏れ出ています。笑

 

でもこういう人って一定数の信者がいてたりするんですよね。

信者の大半は他人軸。

自分で何も決められない人や自分がない人。

だから気が付かない場合が多い。

 

 

要するにどんな人たちなのか?

 

【私は誰よりも一番】

【自分より目立つ人は気に入らない】

【自分を際立たせる人は好き】

【自分は正しい(それ以外は間違い)】

 

こんなん出ましたー。

 

うまく隠したつもりで発信してるのかもしれないけど、

承認欲求はみ出てるよ!

 

こういう方は大抵言ってることや行動に矛盾があります。

発信してる本人が気づかないって、

かなり重症なんだと思うんだけど・・・。

 

周りも言ってあげないのかな?

 

私が仲良しなら、

「ちょっと!どないしたん、あの投稿!!!どういう意図!?」

ってツッコミ入れますね。笑

 

誰だって承認欲求も、

嫌いな人に対する攻撃性も多かれ少なかれ持っています。

 

それを自分でコントロールできているか、

自分で自分の気持ちをわかっているか、

 

良いこと書いてるでしょ、私!と言いつつ、

ポジティブな言葉にネガティブを隠している(つもり)なので、

周りは違和感を感じて、

なんか、読んでいてしんどい。。。となるわけです。

 

人の振り見て我が振り直せ

 

人を嫌うことは悪ではありません。

好きな人と付き合いたいのは当たり前。

私を見てほしいーーー!って承認欲求もある。

人間なんだから持っていても構わない。

 

ただ、それをいけないことだと罪悪感を持ちながら、

良い人仮面で人を攻撃したり、

無意識に周りを上から目線で〇〇〇してあげている、

なんてことをしていると、

気が付けば、自分の感情もわからなくなって、

二進も三進もいかなくなります。

 

 

ドロドロした感情を見て見ぬ振りしていると、

手放せる感情も手放せなくなります。

 

そして、それは自分以外の人にも当然あるもの。

 

世の中は陰陽、プラスマイナス、光と闇、どちらも存在し、バランスが保たれています。

 

光があるから影ができる。

影があるから光は輝く。

どっちも持っていていいのです。

自分が自分を受け止めていたら、

変な感情を垂れ流すことも無いと思います。

 

指摘や助言してくれる人が誰もいなくなった時(誰も何も言わなくなった時)

自分が真っ当なのではなく、横道に逸れているんじゃないか?

私ならその状況の自分をまず疑います。

これは歳を取れば取るほど感じていることです。

 

SNSで違和感のある発信を見たり、

アレおかしいよね、と耳にしたときは、

自分を振り返るいい機会だと考えています。

 

みなさんはどうですか?

 

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上野理恵(うえのりえ) ブランドR(アール)代表兼デザイナー 元美容師 / 元服飾デザイナー ハダカの自分で生きることがテーマ。 アクセサリーやデザイン、仕事術などいろいろ書き綴っています。平和主義。

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